春の嵐15-神聖同盟結成フランス敗北

1510年、教皇ユリウス2世が掌を返してヴェネツィアと組んで起こした対フランス戦争は、一転ピンチとなり、フランスはボローニャに向けて進軍を開始した。さらにルイ12世はピサで教会会議を開催し、フランス司教を中心に、ユリウス2世を廃して別教皇を擁立しようとした。

11年5月23日、ボローニャは早々とフランスに降伏し、なんと教皇領であるロマーニャ地方の大半をフランスが占拠してしまったのだ。絶体絶命のピンチに立った教皇はなりふりかまわず神聖ローマやスペインはおろかイングランドまでも声をかけ、対仏神聖同盟をつくった。

また教皇は、フランス主催の教会会議に対抗して、ローマで第5回ラテラノ公会議を開催した。しかしフランス軍の進撃は止まらず、ブレシアに続きラヴェンナまで陥落してしまった。だがこの戦いで、仏軍司令官ガストン・ド・フォアが戦死、ルイ12世も進軍をストップしたため一転して戦況はピンチとなった。

さすがに対仏同盟は広範である。元ミラノ公スフォルツア家のマクシミリアーノを推し立て、教皇に雇われたスイス兵、スペイン、それに神聖ローマが組んでフランスの本拠ミラノを攻撃。仏軍はロマーニャ地方を撤退し、応援に向かうが一足早くミラノは陥落し、フランスは一転すべてのイタリア領を失ってしまった。

下はラヴェンナの戦いでのガストン・ド・フォアの戦死

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キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民

キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。