イタリアの春6-コジモの死忍び寄る危機

1464年実質フィレンツェの僭主コジモ・ディ・メディチが亡くなった。彼は平和主義者であり、コンスタンティノープル陥落を利用してイタリア諸都市間の争いを止めさせ、1455年フィレンツェ、ヴェネツィア、ミラノに加え、ナポリ、ローマの5都市間の平和協定が実現した。

メディチ商会は、ヨーロッパ各国に支店と情報網を持つ銀行チェーンである。ある意味金の力はすべてに勝ると考えた。何よりヴァチカンも各国王家もお得意様。まさか侵攻されるとは思わない。確かに銀行業は、領地に関係ない、超先進産業である。

ある意味現代の経済のグローバル化が平和をもたらすという思想とよく似ている。しかし繁栄しているのは、イタリア先進都市にすぎない。そのまわりには繁栄から取り残され、あるいは渇望する諸国家、諸国民が存在していた。現代と同じ世界の格差がイタリアを呑みこむのである。

すでにコンスタンティノープルを得たオスマンは海軍力を増強し、エーゲ海に勢力を伸ばしていた。60年には、ギリシャのぺロポネス半島を征服、翌年トレビゾント帝国を滅ぼして、東ローマ関連の国を滅亡させた。しかし64年、教皇ピウス2世の十字軍は中止されたのである。

下はメディチ広場の堂々たるコジモ騎馬像

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キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民

キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。