英国では赤薔薇王妃マーガレットオブアンジューの逆襲が始まった。1460年12月、ウェイクフィールドの戦いでヨーク公とソールズベリー伯を討ち取り、翌2月、セント・オールバーンズの再戦に勝利して、夫ヘンリー6世を救出した。しかし戦いでの白薔薇ヨーク派残党の処刑は凄惨を極め、部下でさえ二の足を踏んだという。
マーガレットにはシェークスピアも戯曲で、ヨーク公リチャードに「あのフランスの雌狼め!」と罵りの言葉を織り込んでいる。マーガレットは勝利はするものの、ロンドンには入城できず、モーティマーズ・クロスの戦いに勝利したマーチ伯エドワードが即位してなんとエドワード4世を宣言した。そしてヨーク家は3月29日、タウトンの戦いに大勝して勝利を確定させた。
マーガレットは夫ヘンリー6世を連れてスコットランドに逃れ、故国フランスの支援をとりつけ、ランカスター家はイングランド北部の城を拠点として抵抗を続けた。しかし1463年には、ヨーク家の攻撃が再開され、息子を連れてフランスへ逃れた。65年、ヘンリー6世が捕えられて可哀想にロンドン塔に閉じ込められると、戦争も終わったかに見えた。
1468年、赤薔薇ランカスター派の最後の拠点が陥落した。新王エドワード4世は安泰に見えた。しかしその背後にはウォーリック伯リチャード・ネヴィルが居た。彼はイングランド最大の領主となり、権勢を誇るようになった。そして新王とフランスとの縁談をすすめようとするのだが、エドワード4世の思わぬ恋からまたまた戦争が起こるのである。
下はモーティマークロスの戦い
キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民
キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。
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