小さな砦の奪取といえども、それまで負け続けていたオルレアン軍にとってジャンヌ効果を実証してあまりあるものだった。戦略的に言えば英軍は戦力を分散してしまっており、奇襲で小さい所から奪取すればいいだけであった。がそれは後付けであって、一気呵成に他の砦も奪取しないと取り返される。そしてジャンヌ効果は敵にもあったことがまもなくわかる。
しかし何と言っても初陣、ジャンヌは敵味方かかわりなく告解もせず死んでいった者を涙して、兵士を全員告解させ、勝利を神に感謝させた。前代未聞の司令官である。実際聖戦において人を殺しても罪にはならない。多分聴聞僧たちは、そう言って兵を元気づけたであろう。戦場のストレスを見事に発散させて帰陣させた、皆もうジャンヌを信じて疑わない。
次の5月5日はキリスト昇天記念日で祝日、その日を使ってジャンヌは3通の降伏勧告状を書き、敵に届けた。ところが2通目を届けたところで伝令士が敵の捕虜になった。ジャンヌはこちらの捕虜と伝令士の交換を3通目に記して、矢文にして敵陣に打ち込んだ。敵からは「このアバズレー!」という罵声が返ってきた。ジャンヌはハラハラと涙を流し、敵の罪の赦しを乞うた。敵前で演じられるジャンヌ劇場は、我知らず心理戦で勝利を収めていた。
翌5月6日、守備を固めようという首脳陣を無視し、ジャンヌも兵士も出撃した。川を渡ると対岸のサン・ジャン・ル・ブラン砦は空になっていた。これで退却しようという首脳陣をまたも無視してジャンヌとライールは2人で進軍、兵士達も後に続き、本陣後ろのオーギュスタン砦も奪取してしまったのである。
下は映画の砦制圧シーン
キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民
キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。
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