オルレアンの少女2-ジャンヌの生の言葉発見

ナポレオンと同時代1801年に、シラーが「オルレアンの少女」という劇を書く。史実とかなり離れたロマン主義的冒険劇であるが、ナポレオンの台頭に揺れるドイツと、彼の考える英雄像が色濃く反映されている。しかしフランスでは王政復古し、今度は大歴史家のミシュレは、民衆の化身としてジャンヌを描くことになる。

ところが第三共和政が始まるや、王党派からもジャンヌが評価され、共和派とジャンヌの奪い合いが起こって、ジャンヌ熱がもりあがっていく。ジャンヌ列聖運動が始まるわ、ジャンヌの祭りを共和国政府に実行させようとする運動が対抗する。そして1842年、国立古文書学校のジュール・キシュラが、全5巻のジャンヌの資料集を刊行するのである。

キシュラの本によって、今まで伝説の彼方にあったジャンヌ・ダルクという女性の本当の姿が見えてくるようになった、なんつったって処刑裁判記録にはジャンヌの生の証言が、復権裁判記録にはまわりの者から見たジャンヌの姿がリアルに記されていたからである。ここまで残っているのは奇跡と言っていいかもしれない。

この記録集は皆を驚嘆させるものだった。今までの神がかりの少女ではなく、そこには羊の番をして編み物では負けない、というまるで普通の少女が居たからである。この記録集と共に、「人間ジャンヌ」としてのアプローチが可能となり、作家も巻き込んでのジャンヌ解釈合戦はますます盛んになった。王女説なども出されてきた、普通の少女がなぜ戦いに出たのか、彼女に語りかけて命を奪われても否定しなかった「声」とは何か?この謎はまだ解けていない。

下はシラーの劇をもとにしたヴェルディの歌劇「ジョバンナ・ダルコ」の処刑シーンだが実は死なない、当代最高のソプラノ、アンナ・ネトレプコ

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キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民

キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。