近代アジアの動乱40-日清戦争勃発

1890年より日本では帝国議会がスタートした。しかし議会の自由党、改進党共に反政府で政府の思うように審議が進まず、松方内閣が倒れ、92年に第二次伊藤博文内閣が組閣された。この間外交課題は、条約改正であり陸奥外相はイギリスとの交渉にあたることで合意した。

ところがその最中の94年、朝鮮で東学党の乱とも呼ばれる申午農民戦争が勃発し、瞬く間に全国に広がった。朝鮮は、開国によって安い綿製品が流入し、穀物が輸出され、農民の貧窮が進んだ。閔政権は財政危機に陥っており、国政も開国派と保守派に分かれてまるで混乱していた。

朝鮮側は、清国に派兵を要請、袁世凱は2800名、砲8門、軍艦3隻の規模で進攻した。日本も居留民保護を目的として出兵、清国の干渉で6月11日には朝鮮政府は反乱軍と和睦した。何と日本は7000人の大軍を送りこんでいた。英露は調停に入り、日清同時撤兵を要請した。

清国の中で、李鴻章も西太后も穏健派だった、西太后は12月に60歳の式典を準備していた。しかし新帝光緒帝の若い側近らは強硬派で、イギリスの仲介を拒否し、まず日本が撤退せよと回答する。日本も陸奥外相を中心に主戦論が主流となり、清国が増援軍を送ることを契機についに日清は開戦する。

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キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民

キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。