実はムーランルージュで有名になるダンサー達は元素人なのである。ラ・グリュもその一人、彼女はロレーヌの出身でドイツ領となったため、家族で引っ越し、母親は洗濯女で生計を立てたが、娘は不良で踊り明かした。ダンスホールで彼女達はより観客の注目を浴びるため、足を高く上げた。
まるでバブル時代のジュリアナのようだが、もっと過激なのはノーパンのときもあったとのことだ。もちろん官警も見張りをしていたが、あまりの早業で確証が得られなかったり、見て見ぬふりをしたり。そしてムーランルージュができるや高給で専属ダンサーとなった。
ジャンヌ・アブリルは、母親の虐待に会って何回か家出、自殺しようとしていたときに娼婦に助けられ、ここでダンスにめぐりあう。そしてダンスをしながら「援助交際」で生活費を稼いだ。万博ではレジ係で、異国のダンスに触れる。その後曲馬芸人になったところを見出されて、今までの経験が開花した。
ムーランルージュの入場料はなんと50サンチームで、かなり安かった。そこで煽情的なダンスを見せられればもちろん酒はすすむだろう。娼婦も入場OKだったので、ダンスに煽られ、酒によって帰りは娼婦とあいびきというのがムーランルージュのパターンだった。
キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民
キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。
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