パリ万博の観光客をあてこんで、モンマルトルで一つのキャバレーが開店した、世に有名な「ムーランルージュ」である。この地区はもともと「白い広場」と言われていたが、そこにまるで正反対の赤い風車をぶっ建てたのだ。以来ベルエポックを代表する歓楽街と変貌を遂げた。
もともとキャバレーというのは、イギリスで言えばパブで、労働者が酒を飲む居酒屋、そこではシャンソンが歌われ、詩が朗読され、社会批判が遠慮なく行われた。「ル・シャノワール」が有名であり、ここへボヘミアンの芸術家が混じり、フランスの高級文化に挑戦するアヴァンギャルドが生まれた。
ムーランルージュは観光客目当てでそんなことはできない。ダンスショーが中心となり、巷にはない刺激的なダンスを楽しむことができた。その代表は、高く足を振り上げてスカートの中を見せるフレンチカンカンである。このカンカン踊りもモンパルナスの労働者のダンスホールで始まった。
ムーランルージュから始まる文化は、日の当たらなかった庶民文化が表舞台へ出たものといえる。しかしダンサーを買うパトロンは、貴族やブルジョア達である。フランスは国外に投資してそのリターンで一種金余り状態だった。それがこのような形で爆発したのである。
キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民
キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。
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