1874年10月、朝鮮出兵を躊躇した日本は台湾へは出兵するのである。71年、台湾に漂着した宮古島島民54人が惨殺された、この責任を清国に問うたところ、管轄外ということで断られた。明治政府は一旦出兵の方針になったが、英米の反対にあい延期を決定した、ところが司令官の西郷従道は遅しとばかり出兵した。
75年5月に上陸した日本軍は、事件地を制圧するが、その後マラリアなどの風土病に罹って561人が亡くなる。各国の反対から早急に解決すべく、8月大久保利通自ら北京に赴き、清国責任者の恭親王や李鴻章と会見して交渉にあたった。しかし結局見舞金として10万両を受け取って講和した。
もちろんこの金額は出兵経費に対しては割があわない。しかし出兵したということで、征韓論に対する弱腰批判はなくなった。そして、琉球民のために出兵したという事実で、琉球は日本領土ということが国際的に既成事実をつくれたのである。翌75年明治政府は清国への朝貢を廃止させようとした。
しかし琉球は清国への朝貢をやめず、79年明治政府は強引に琉球藩を廃止し、沖縄県を設置した。琉球王尚泰は東京への転居を命じられ、華族として処遇された。それでも清国は納得せず、交渉は決着せず、琉球問題は日清戦争の原因の一つとなっていくのである。
キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民
キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。
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