ベルエポック2-混乱の第三共和制

パリコミューンを鎮圧したとはいうものの、フランスのティエール政権は安泰ではなかった。勝利した王党派は、またまた王政復古を望む、しかし王政といってもオルレアン派は7月王政の再来を望み、ブルボン派はブルボン王朝を望んでいた。この2派はうまくいかなかった。

1871年7月の補欠選挙では、王政復古を警戒する国民は、共和派を大勝させた。これを見てティエールは、穏健は共和制が一番と考えるようになった。王政復古をすると、また国民は急進的になり、社会主義者が台頭して革命となることを恐れたのである、反社会主義という点では皆一致していた。

翌73年3月、ドイツ軍がフランスから撤退すると、4月のパリ補欠選挙で急進共和派が当選して。これを見てガンベッタら急進共和主義者は勢いを増し、「真の共和国」を求めていく。反対する王党派も、やはり穏健共和主義ではダメだと攻撃を強めた。またしてもフランスは分裂した。

オルレアン派やボナパルティストも、ブルボンの正当主義のもとに団結し、議会では王党派が力を増した。そして大統領の権限を制限する。ティエールのやることは何もかも反対され、5月24日大統領の辞任を提案し、これは議会の多数決で可決された。やれやれやれ。

0コメント

  • 1000 / 1000

キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民

キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。