クローヴィスとクロティルダ1-押しかけ女房

その頃ガリア北方では新しい波が起こっていた。ゲルマン民族の1種族フランク族、さらにその中のサリー族。サリ族は、ライン川流域に住んでいたが、皇帝ユリアヌスがローマに取り込み、ローマの同盟者として、フランスに進出した。アッティラと戦ったカタラウヌムの戦いでも活躍している。

481年、その中で族長となったクローヴィスは、フランク族をまとめ、486年にローマの軍閥を破り、勢力をロワール川北部に広めた。そして妹を東ゴート王国の大王テオドリックに嫁がせ、同盟を固め、493年ブングルト王国の姫クロティルダと結婚して、同盟を図った。

クロティルダは、母の影響でキリスト教正統派を信仰していた。ところが結婚する前に、アリウス派の叔父グンドバッドが、王であった父母を殺害し、王国をのっとり、兄は殺害され、彼女らは幽閉の身となった。クロティルダは、馬に乗って、グンドバットの追手を振り切ってクローヴィスのもとに行ったという逸話が残っている。

496年、クローヴィスはアラマン族を打ち破り、ロワール川の町トゥールに駒を進めた。その先は西ゴート王国である。そしてこの町は聖人マルティネスの崇敬が高い、キリスト教正統派の町であった。

下はクローヴィスのもとへ行くクロティルダ

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キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民

キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。