仏王処刑24-「王殺し」フーシェ

ルイ16世の死刑投票は、実は賛成票387票のうち、26票は国民投票で決めるという票だった。従って即死刑というのは361のギリギリ過半数である。ルイ弁護団は、このような重大判決を僅差で決めるのはおかしい、と主張したが、モンターニュ派が主導する国民公会はまるで聞く耳もたずだった。

しかも、議場にはモンターニュ派やサンキュロットが詰めかけ、議員には「反対すれば生きて出られると思うな!」という罵声があびせられた。この投票は一人一人が壇上で表明するので、誰が反対したかまるわかりなのである。ということで、イザとなって賛成した議員もままある。

穏健ジロンド派のコンドルセーやドーヌーは罵声の中でも反対と表明した。しかし頭目の一人ヴェルニオーは賛成と表明した。そんな状況で大勢はなかなか決まらない。ここで意見を変えて賛成と表明したのが、この後ナポレオン後まで権力の中心で生きるジョゼフ・フーシェである。

彼は翌日、まるで元から賛成だったとばかりに、パンフレットを発行した。そしてさっそくモンターニュ派に取り入って恐怖政治の手先となる。それからナポレオン政府で警察長官を務め、その後も生き延びる。冷静に勝ち馬に乗る姿はカメレオンと評されたが、生き残れば残るほど「王殺し」の名がつきまとった。

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キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。