仏王処刑15-宣戦布告、革命十字軍?

普墺両国のフランスへの介入に対して、何と国王ルイ16世は、1791年10月14日に議会で非難の演説をして、議員を驚かせた。しかし国王にしてみれば、他国と戦争になれば、国王に結集する力は強まり、また戦争に負けたとしても、自分の身は安全ということで、どちらにしても自分のためになるという計算があった。

議員のほうも、偉大なる革命の愛国心に酔っていた。しかしトスカナで啓蒙主義的改革をすでに実施していた新皇帝レオポルド2世からすれば、フランスは危ないポピュリズムに陥っているとしか思えなかった。またもやフランス立法議会では、不確かな噂による陰謀がもちあげられた。

このとき議会ではロベスピエールが戦争に反対している。彼は侵略にも反対し、なんと死刑にも反対した理想主義者である。仏墺は一触即発の状態となった。そんなときもとき、翌92年3月1日。皇帝レオポルド2世が44歳の若さで崩御した。後を継いだ24歳のフランツ2世は臣下のいいなりだった。

結局なんと4月20日、宣戦布告をしたのはフランス革命議会だった。主導した外交委員会のブリッソーは「世界の自由のための十字軍」と呼んだ。中世とサヨナラしたはずの啓蒙革命にいつの間にやら中世の中世たる言葉が紛れ込んだ。まあイラク戦争でもこの言葉は復活したのだから、人間は変わらないのかもしれない。

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キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民

キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。