フランス革命の道28-球戯場の誓い

1789年6月10日、しびれをきらした第三身分は、他のニ身分も第三身分に結集するべきという声明を出した。6月16日、この会議は「国民議会」との名称を採決の結果採用が決まる。19日、聖職者代表団がこの議会に合流することが決まった。その翌日20日、この議場が閉鎖され、軍隊が囲んでいるのを代表は知った。

代表団は、そこからほど近いテニスコートの講堂に場所を移し、後ろには民衆が従った。高揚した議員達は「憲法が制定されるまで決して解散しない」と宣言した。有名な「球戯場の誓い」である。なんと一気に、国王に断りなく、憲法を制定する権利まで宣言してしまった。

このテニスコートはさっそく王弟アルトワ伯が借り切ってしまったので、22日からはまたサン・ルイ教会で国民議会を開き、聖職者もどんどん合流し、貴族も参加した。宮廷では19日に国王諮問会議が中断され、王妃や王弟が、今の事態は民衆の希望ではなく、扇動者が煽っているのだと述べた。

23日、最後の三部会が開かれた。国王は35の改善案を示し、「国家の全身分は、余の公正な命令で初めて安らぐことができる」と述べ、国民議会を解散し、身分議会を開くよう命じた。しかし国民議会議員は動かず、ミラボーは、ここぞとばかり「銃剣を持ってこない限り我々は立ち去らない」とタンカを切った。

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キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民

キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。