1788年10月、ルイ16世は、後に自身の弁護をする国務大臣マルゼルブと長い会見をした。そのときにマルゼルブはあのピューリタン革命で処刑された英王チャールズ1世を話題にし、我が君と立場がよく似ている、と恐ろしい予言をしたらしい。50年早く生まれても、50年遅くても国民の模範となったろう、と。
ルイ16世は論理的知性をもち、啓蒙主義や科学にも相当の理解を示し、国務は熱心で、財務の間違いを指摘し、文書能力は宰相を驚嘆させ、会議を調和させた。そして慈悲深い王であり、徒歩でヴェルサイユの貧しい家を訪問して慈善にまわった。
マルゼルブは正しく、王の特権と国民の特権の間に闘争がある時代だ、と言ったらしい。そして王は断固たる態度を見せねばならない。しかしルイ16世はこの頃、自分に自信を無くしており、自分の内に閉じこもるようになる。ストレスで大食するようになり、一般的に知られるルイ16世ができるのである。
フランスは、ルイ14世以来フランスは派手さとパフォーマンスを求めていた。王がそれを示すチャンスはあったが、周囲や本人の性格でそれを逃がした。国王を見捨てたフランスは、革命にも見出すことに失敗し、それに最も適合した人間ナポレオンに見出すのである。
キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民
キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。
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