フランス革命の道22-第三身分議員2倍化

1788年8月、もはや国庫には2、3日の出費をする金しか残っていなかった。現金の出金はできず、軍の俸給や年金は手形で支払われることとなり、政府への信頼がますます失墜する。宰相となったブリエンヌは最後の御奉公としてネッケルを呼び戻し、8月24日に辞任した。

何とネッケル就任の数日で、公債は30%も値上がりし、政府は銀行から資金を得て、俸給を現金に戻すことができた。しかし民衆が求めることはそれ以上だった。が、彼は全国三部会のことは専門外だった。再開した最高法院は、三部会の第三身分を2倍にすることは反対だった。

1788年12月27日、国務諮問会議が開かれ、第三身分が2倍化することが決められた。国王ルイも賛成、アントワネットも出席し、異を唱えなかった。国王はしつこく自分の利益を主張して、改革に反対する特権階級に、第三身分の支持によって実現しようと決めたのである。

89年1月24日に出された三部会選挙規定にはこの国の財政状況や政府が困難を乗り越え、秩序を再建できるように「われらが善良なる臣民の協力を必要としている」との国王の前文がつけられ、仏国中の教会で読み上げられた。皆国の再建のために、と三部会へ集まるのである。

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キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民

キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。