アマデウスの旅7-初恋?のアロイジア

1777年10月30日、パリへ行く途中のモーツァルト母子は、マンハイムに入る。領主は戦争でバイエルン侯になるプファルツ選帝侯カール4世だったが、彼は啓蒙専制君主で、音楽をおおいに振興した。とりわけ交響楽はプロイセンの用兵術と共に称賛された。モーツァルトは78年3月14日まで滞在し、その交響楽書法に刺激を受けるが就職には失敗した。

ここでアマデウスは当時17歳のアロイジア・ウェーバーという女性に恋をする。彼女は後の音楽家ウェーバーの家系で、筋が良く美しい歌を歌い、4カ月のレッスンで上手になった。そして彼女のためにアリアを作る。

故郷の父からは、「はよパリへ行かんか!」と催促が入る。しかしアマデウスは、彼女と一緒にイタリアへ行きたいと言うのである。まあ年ごろだし当たり前である。そんな父とのすったもんだのあげく、パリに出発するのだが、すでに父との考えの違いは芽生えていたといえる。

78年3月23日、母子は12年ぶりにパリに到着した。しかしもう宮廷はルイ16世に替わっており、運の悪いことに、幼馴染のアントワネットはちょうど第一子を妊娠中で、それどころではなかったのである。さらに生き馬の目を抜くパリでは、またもは妨害が待っていた。

下はアロイジアのためのアリア「私は知らぬ、どこからこの愛情が来るのか」

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キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民

キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。