ロスバッハの戦いの後1757年11月5日、今度はオーストリア軍7万とプロイセン軍3万5千でロイデンの戦いが行われる。ここでフリードリヒ大王は、この後ナポレオンも使う有名な「斜行戦術」を使い、片翼を攻撃すると見せながら、本軍を旋回させて逆の片翼を攻撃する奇襲戦術で勝利した。ここでマリア女帝もようやく義弟カールをあきらめ、ダウン将軍を司令官にした。
プロイセンとの戦いには消極的なフランスのリシュリュー公も、イギリスとは積極的である。フランス軍は、英王ジョージ2世の地元ハノーファーに侵攻、57年7月末ハステンベックの戦いに勝利、8月11日にハノーファーを占領した。
さらに仏軍はブランシュヴァイクを占領したが、これ以上の進軍は無理と、英司令官カンバーランド公とクローステル・ツェーデン協定を結んで停戦してしまった。しかしこの協定はどちらも本国で猛批判されて、カンバーランド公は更迭されて英仏は再戦する。
イギリスは、プロイセンの将軍フェルディナンドを元帥に任命し、多額の資金援助をして反撃に転じ、冬に進軍を開始すると、何と仏軍は撤退して、翌年にはハノーファーが奪回されてしまう。リシュリュー公は、資金着服容疑もあり、司令官を解任させられた。
キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民
キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。
0コメント