カトリーヌの息子のうちに一人だけ、王になれない子がいる、アンジュー公フランソワである。欲求不満か改革派ポリティークの頭領となり、新教派と組んで暴れまわる。しかし移り気というか、王母に懐柔されると今度は旧教派にまわって南仏を攻略、これにより講和となり1577年第6次ユグノー戦争が終わる。
カトリーヌはここぞとばかり南仏に乗り込んで恒久平和を結ぼうとした。ところがその後ろでまたもや王になれないアンジュー公、英雄ドン・ファン公の後がまを狙ってネーデルランドと交渉していたのだ。そこでネーデルランド国境が騒がしくなり、アンジュー公はまた新教と連合し第7次戦争へ。
ネーデルランドのオランイェ公は、81年全国議会で、フェリペ2世の廃位を宣言し、アンジュー公を呼びフランスと結ぼうとする。そこでアンジュー公はまた、自分のためにフランスの平和を呼び掛け、戦争が終わる。
アンジュー公は、イングランドとも結ぶべく、女王に求婚、エリザベスもまんざらではなかったようだ。ところがネーデルランドのパルマ公率いるスペイン軍が黙っているわけがなく、戦闘に敗れ、議会とも仲違いし、84年6月、結核をこじらせ、29歳の若さで亡くなったのである。
下は映画「エリザベス」よりエリザベスに求婚したアンジュー公の顛末
キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民
キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。
0コメント