聖都陥落3-大征服者ティムール登場

ニコポリス十字軍に勝利したバヤズィト1世は、トルコ高原深くに侵攻した。しかしここでオスマンに立ちはだかる者が居た。中央アジアでティンギスハン以来の征服者となったティムールである。ティムールは1336年頃サマルカンド近郊で生まれだと言われている。

その頃の中央アジアはモンゴル以後、領主の乱立状態となっていた。ティムールは、西チャガタイ・ハン国のフサインのもとで軍事的才能をもって勢力を拡大、66年にサマルカンドを首都としてフサインをハンとする政権が樹立された。しかしこの2人は対立し、69年にティムールが勝利、彼はチンギス家の娘と結婚して、自分の政権を樹立した。ただしハンにはならなかった。

その後中央アジアの征服を行い、80年以降分立状態にあったイランを征服した。そして86年から西アジアに向かうと、イランの残党を含め、反ティムール同盟が結成された。マルムークとオスマンのイスラム勢はこれに加わったのである。

ティムールは、両者の連絡を絶つためにダマスカスを占領、このときダマスカスに居た大歴史学者イブン・ハルドゥーンとの歴史的会見が実現している。シリアを征服したことで、オスマンはティムールとの対決が避けられなくなった。バヤズィトはコンスタンティノープル封鎖を解き、1402年7月20日両者はアンカラで決戦を行った。

下はタシケントのティムール像

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キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民

キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。