百年戦争11-間接税の父仏王再度人質へ

1360年、仏王ジャン2世は帰国した。帰国するとともかく身代金のねん出が第一。ということで橋本内閣、じゃなかった王は全商品に5%の間接税を掛けた、実に間接税の歴史は古いのである。彼は「税金の父」と呼ばれ、。王家の教会サン・ドニ大聖堂に到着すると、そこに待っていたのは腹黒ナバラ王だったが、お人よしの王はあっさり本領を安堵した。

人の良い王は、新たな英領の領主に、英に臣従するようにとのお触れを出した。翌年ブルゴーニュ公が後継ぎなく死去したので、自分で相続し、ポアティエで王を守ってけなげに戦った末子フィリップに与えた。

さて62年、突如十字軍が提唱された。その主はキプロス王ピエール1世、キプロスは聖地国家陥落後、キリスト教国の最前線としてエルサレム王を兼ねていた、と同時に地中海貿易でも最前線で繁栄していたのである。彼は十字軍の夢に燃え、教皇の支援を得て、仏王に訴えれば、これもあっさりOKしちゃったのである。

ところがフランスに金があるはずもなし。英からは金が来ないので人質の追加を要求してくる。さらに何と人質になっていた第2王子ルイが、勝手にフランスに帰国してしまったからたいへんだ。しかし王ジャン2世は、「しょうがないからワシまた行くわ」と、自ら人質を志願して渡英した。男の約束ならぬ騎士の誓いは違うべからず、最後の中世人と言われるお人よし王ジャン2世は、1364年イングランドで崩御した、ある意味天晴れ!
下は死してフランスに戻ってきたジャン2世どことなく微笑ましい


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キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民

キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。