1912年7月30日、明治天皇が崩御し、明治が終った。そして9月30日大喪の礼の日に乃木元将軍夫婦が自刃したのである。この自刃は、文人では森鷗外は同情的だが、芥川龍之介などは批判的だった。そして小説の中でこの「死」を描いたのが、夏目漱石の傑作「こころ」である。
私を語り部として主人公格の「先生」は、乃木の死の報を聞き自分も「明治の精神に殉死しよう」と自殺するのである。先生は乃木のように、人を殺してしまったという罪の意識を長年抱えて生きてきた。先生は遺産をめぐって叔父の裏切りに直面した、しかし恋愛では自分も友を裏切って妻を得て、友は自殺する。
思えば明治は理想に燃えた時代だったといえる。徳川慶喜も理想のために幕府を捨て、日本の近代化の理想という大義がなければこれほど早く進まなかった。しかし明治の近代化は卑小な個人の利益優先の社会風潮を生み出した、それを肯定しないことが自殺の理由なのである。
自死で責任を取るというのは封建時代にはない、切腹は上から命じられる。外面ではなく内面的な罪の意識というのはカントの定言命令にあるように近代人の特徴である。殉死という形で自身の罪をあがなおうとするのは、まさに近代と旧来の日本意識を併せ持つ明治人といっていいかもしれない。
キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民
キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。
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