世界大戦へ11-青年トルコ革命

1908年には遂にイスラムの中心オスマン帝国でも立憲革命が起きた「青年トルコ人革命」である。青年トルコ人運動は19世紀末から作られた西洋式の近代学校で教育を受けた士官や官僚、医師達によって推進され、必ずしもトルコ人とは限らない。日露戦争での日本の勝利は、「日本のように立ち上がれ」と促した。

青年トルコ人組織は秘密結社だったが、軍の士官にもかなり浸透していた。7月3日、その運動の中心だったギリシャのサロニケで、スパイに見つけられたと思った将校達が武装蜂起した。オスマン皇帝はただちに鎮圧に軍をさしむけるが、この鎮圧部隊まで寝返ってしまった。

皇帝アブデュルハミト2世は変わり身が早く、大宰相を解任して7月23日、1876年に制定されたオスマン帝国憲法を復活させるという勅令を出した。報道と結社の自由が始まり、12月17日には選挙によって下院が開かれた。選挙では統一派が圧倒的支持を受けたが、政治を大宰相が握っているのは変わらなかった。

しかし翌09年3月31日には、保守的な神学校の学生や、従来の将校らが反革命クーデターを起こす。革命派はイスタンブールを退去させられたがまたサロニケから進軍してクーデターを鎮圧、皇帝は退位させられ、その弟がメフメト5世として即位した。しかし政治の対立の時代が続く。

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キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民

キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。