第5回十字軍3-フリードリヒ2世の自立

フランスもイギリスも頼りにならないなら神聖ローマ。インノケンティウス3世の秘蔵っ子シチリアのフェデリコことフリードリヒ2世。1112年教皇は、ヴァチカンに従うと約束させてドイツに行かせた。破門された皇帝オットーは、フランスとの決戦ブーヴィーヌで敗戦して没落した。

14年旧帝派のケルンとアーヘンが陥落、フリードリヒはアーヘンのカール大帝の墓に十字軍遠征を誓い、ローマ王に戴冠した。15年の第4回ラテラン公会議にて正式にフリードリヒが神聖ローマ帝国皇帝になることが承認された。そして新皇帝に期待して教皇は崩御した。

新教皇ホノリウス3世は、元フリードリヒの教師だった。彼はさっそくローマにて正式に皇帝戴冠をして十字軍に行くべし、と要請した。ところがこの若干20歳の青年王は、実にらしからず、まだドイツ王となったばかりで、国内には旧帝派も残っており、しばらく待ってほしいと返事をする。

人のよい新教皇は、この返事をあてにして、ヴァチカン主導の第5回十字軍を先発させることにした。この十字軍は、王としてはハンガリー王アンドラーシュ2世のみで、各地から諸侯が集まって結成された。そしてヴァチカンの教皇代理としてペラーヨ枢機卿が参加した。

下はポピュラーなフリードリヒ2世の肖像

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キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民

キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。