近代アジアの動乱30-仏のベトナム侵攻

1881年末、ベトナム調査の命を受けただけのフランス士官アンリ・リビエールが、独断で阮朝軍のハノイ砦を占領してしまう。ハノイ砦は返還されたが、阮朝はこのままでは植民地にされると警戒して清国に救援を求めた。清国がここでその任務にあたらせたのは黒旗軍である。

黒旗軍とは、太平天国の残党で、中国を逃れてベトナムに来ていた。黒旗軍はベトナムの反仏闘争に参加して、73年同じように独断でハノイ砦を占領したフランシス・ガルニエに対して戦闘を行い、彼を戦闘の中で殺害して取り戻した実績がある。今回は清国がこの黒旗軍を援助して武器を渡した。

清国軍もベトナムへの駐屯を開始した。が83年リビエールはさらに進撃して、阮清連合軍を打ち破った。植民地政策を進めるフェリー首相は、これを英雄的行為として讃え、清朝と交渉しようとしていた清国駐在仏大使を罷免して、戦争を拡大しようと画策した。

ここで清国は正式に黒旗軍に指揮を渡し、3000人の黒旗軍が結集し、ハノイ近郊のコウザイ地区で戦闘に及んだ。士気の低い阮清連合軍と違い、黒旗軍はやる気十分で装備もある。550名のフランス軍は敗走し、リビエールも戦死した。しかしここで仏首相は全面介入に踏み切る。

0コメント

  • 1000 / 1000

キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民

キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。