近代アジアの動乱29-西南戦争

1877年1月27日、ついに西南戦争が勃発した。76年より廃刀令が施行、そして士族の俸禄が金銭公債に切り替えられる。しかし公債利子は当時の東京の労働者の3分の1であり、士族の不満は増すばかりだった。多くの士族は公債証書を売って事業資金をつくる他はなかった。

西郷隆盛は鹿児島に帰り、疑似士官学校の私学校をつくった。しかし各地に士族の反乱が勃発すると、政府は不信感から鹿児島の弾薬庫を秘密裡に撤収したが、かえって弾薬庫襲撃事件を引き起こす。さらに川路大警視から送られたスパイが、西郷暗殺計画を「自白」したよいう。

西郷軍は政府に問いただす名目で決起、西郷が立てば陸軍や政府の薩摩人は、西郷側に立つだろうという甘い読みだった。西郷は頭目を引き受けたが指揮は取らず、軍の統一は乱れ、熊本城を攻めるも、これもやすやすと降伏するだろうという甘い読みがはずれた。

西郷決起に、何と東京では「新政幸徳」の旗を掲げる西郷の錦絵の人気が爆発した。維新とはいうものの、上からの命令ばかりでインフレがすすみ暮らしはよくならない、そんな不満が西郷人気を呼んだ。西郷は朝敵となって敗死したが、大日本帝国憲法発布時に名誉回復され、上野に西郷像が立つ。

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キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民

キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。