第3回十字軍1-赤髭帝フリ-ドリヒ1世

さて、第二回十字軍の失敗の後エルサレムのピンチに加勢に行けないほど分裂していた。1130年ローマ教皇の選出をめぐって枢機卿が分裂、2人の教皇が立つ分裂状態(シスマ)に陥り不安定となった。

神聖ローマ帝国といえば、ロタール3世崩御の後、内乱に陥り、対立する家は互いにイタリアを巻き込み、イタリアの皇帝党と教皇党の対立となって、イタリアを分裂させることになるのである。そして帝国では1152年赤髭バルバロッサとして知られるフリードリヒ1世が即位した。そしてバルバロッサは、教皇の不安定な状況に介入して、対立教皇を何度も立て、帝権を復活させようとした。カール大帝を列聖したのも彼である。

彼はライバルのハインリヒ獅子公にバイエルンをやってドイツを固めると、5度にわたるイタリア遠征を行い、中東貿易で儲けた北イタリア諸都市を支配下に置くべく、1162年ミラノを徹底的に破壊。この蹂躙は教皇も含めてイタリアの諸都市を団結させ、諸都市で「ロンバルディア同盟」が結成され、皇帝は1176年レニャーノの戦いに敗れイタリア支配を失敗した。

しかしタフな彼は、イタリア遠征をボイコットした獅子公を追放、ポーランドは失敗したが、オーストリアを属国とした。そういうときに1187年エルサレム陥落の報がとどき、教皇グレゴリウス8世は1188年、かなりの妥協をして皇帝と平和条約を結んで、バルバロッサを十字軍に参加させることに成功した。

下はゴスラー皇帝宮殿のバルバロッサ像

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キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民

キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。