ウィーンを代表する菓子ザッハトルテは、1832年にメッテルニヒが、客人のために特別なデザートを創るようにと命じたことでできた菓子である。実はそのとき料理長が病気で、16歳の見習いフランツ・ザッハーが考案したことでこの菓子が生まれた。そしてメッテルニヒ邸の名物となった。
その後フランツ・ザッハーは修行に出て、ウィーンに戻り店を開いたのが何と1848年で、革命によってメッテルニヒはウィーンから追放されてしまった。ザッハトルテは、フランツ・ザッハーのチョコレートトルテとしてこの店で販売しておおいに人気を取った。
メッテルニヒが再びウィーンに戻ってくるのは1852年9月24日である。彼はもはや79歳になっていた。メッテルニヒの時代には、優雅に食事をしながら外交や政治の論議をした、ウィーン会議はその真骨頂だった。しかし革命以後、政治は対立でギスギスしてそんな雰囲気ではなくなったようだ。
しかしここに訪ねてきたのが、当時のプロイセン議員だったビスマルクである。彼は談論風発で、メッテルニヒがドイツに居るときに会ったのだが、メッテルニヒがウィーンに招待した、話の内容はドイツ統一のようである。そのときにザッハトルテは出たのだろうか?彼は59年86歳でこの世を去った。
キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民
キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。
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