ロマン派の時代32-シュトラウス2世へ

ウィーン革命時、後に父のようにワルツ王と呼ばれるヨハン・シュトラウス2世は革命の味方をして、ラ・マルセイエーズを演奏し、「革命行進曲」「学生行進曲」「自由の歌」を作曲した。実は息子は父と仲が悪い。父は息子を音楽の道に進ませることなくピアノしか習わせなかった。なんと息子が自費で買ったヴァイオリンを叩き割った。

おまけに、父は愛人に入り浸って、母に生活費を送らないヒドイ親だった。母はそんな父に復讐するために、ヴァイオリンを買い与え、父の楽団のヴァイオリニストに学んだが、それを知った父は彼を解雇した。

1844年にデビューする前も、父は徹底的にそれを妨害した。2世が革命に参加するのも、父のような権威主義の旧体制をぶち壊したかったからだろう、十分わかる。しかし革命は敗北し、2世は宮廷ににらまれて、仕事ができなくなった。警察に出頭させられ弁明した。

しかしなんと翌49年、父が逝去して楽団を引き継ぎ、父の仕事がまわってきて、大忙しの毎日となる。新皇帝フランツ・ヨーゼフ1世にも「万歳」という曲を作曲してヨイショした。が、宮廷音楽家になるには少し時がかかった。父はうまく亡くなることで息子を助けたのだが、最期にどう思っていたかはわからない。

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キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民

キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。