カール大帝の夢17-カロリング・ルネサンス

「新しいアテネがフランキアに生まれるかもしれません」。すでに779年にアルクィンは希望をこめて書いている。しかしそのアテネは「聖霊によって7倍も豊かになり、アテネをことごとく凌ぐでしょう!」それはオーバーだったがカロリング・ルネサンスは、その後の中世以降の学芸の発展の基礎となった。

イスラムの侵入により、ギリシャ、東方の知識がイタリアに逃れてきて、主要な仕事はその写本をつくることだった。ローマの古典が残ったのは何よりもこの仕事による。しかし知的達成としても、アルクィンやその弟子、特にエリウゲナにより、キリスト教的弁証論が始められ、中世哲学が生まれ、宇宙をキリスト教哲学的に解明しようとする思弁が形成される。

またテオデュルフの詩は後に中世の武勲詩につながっていく。カロリングルネサンスは、ギリシャ、キリスト教、ゲルマン文化を結合したと言われるが、最もよく表しているのは武勲詩だろう。アーヘンの宮廷学校は学問のサロンで、大帝を含め互いに身分を越えてニックネームで呼び合い、対等な議論を交わした。

そして宮廷の楽士が聖人にった。アルノルツヴァイラーのアルノルトは、ギリシャ出身の楽士で、その美しい音色にいたく感動したカールは、ケルンの近くの村を下賜、それをあっさり貧者に与えてしまった。キリスト教的徳行というより、現世利得に興味のない芸術家の行動といえるが、ともかくミュージシャンの守護聖人。

下はカロリングルネサンスの代表的達成、アーヘン大聖堂の天井

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キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民

キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。