パリでは、マレ将軍が、ロシアでナポレオンが死んだ、との偽造文書をつくってクーデターを行ったが、すぐバレて鎮圧されていた。ナポレオンは橇に5日間乗ってワルシャワに着いてそこからパリに帰還した。1812年12月19日、すぐさま彼はバルコニーに立ち、無事だということを市民に知らせた。
しかし状況はかなり悪い。ロシアはポーランドに入り、プロイセンは再びナポレオンと戦おうとしていた。仏軍はポルトガルから駆逐され、8月6日にはウェリントン将軍はマドリードに入り、皇帝兄のホセ1世を退去させた。さらにオーストリアも揺らいでいた。
翌13年初め、ロシアで多くの兵を失った軍を立て直すため、大規模な徴兵が施行された。2月にプロイセンは、ロシアと同盟してフランスに宣戦した。ナポレオンは、嫁をもらって父になったはずの墺皇帝フランツ2世を敵にまわさないように、フーシェをつかわした。
ロシア軍はクトゥーゾフ将軍の後、ヴィトゲンシュタイン将軍が指揮を執った。5月、リュッツェンの戦いで普露連合軍は奇襲をしかけたが、ナポレオンは撃退。続くパウツェンの戦いでも勝利して威光を回復し、オーストリアも仲介して、一旦休戦をして安堵を得た。
キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民
キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。
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