侵入者を駆逐したユリアヌスは、ガリア統治を始めた。荒らされた土地を開墾し、灌漑工事を行った。宮廷も節約し、民の税金を安くした。自分の尊敬する古えの賢帝にならったのである。彼は友人に手紙でこう書いている「税金の不当な取り立てを繰り返すしか能のない皇宮内の無神経な役人どもから民衆を守るのは私の役目ではないだろうか」
しかしそういうユリアヌスに、360年、皇帝コンスタンティウスは、ペルシア遠征のため兵の拠出を命令してきた、しかもガリア軍の半分の規模である。当時のササン朝ペルシアはシャプール2世のもとで勢いを増し、その前年北メソポトタミアで大敗し、要衝アミダを喪失していた。しかし猜疑心の強い皇帝が、ガリアの統治に成功したユリアヌスの力を削ごうとは考えなかったろうか?
ガリア兵はユリアヌスの下を離れ、信用できぬ皇帝の軍に入り、まして東方への遠征など行きたくなかった。そして以前ユリアヌスもガリアを離れさせることはないと約束していた。ユリアヌスは、それでも命令に従い、不満を持つ兵達をパリに終結させた。しかし彼らは動かない。
そのまま1カ月が過ぎたが、兵の中から「ユリアヌス様が皇帝になればいい」という声があがってきた。大帝コンスタンティヌスも、最初は軍に押されて皇帝と称している、珍しいことではなかった。そしてある日、軍の前に出てきた彼を取り囲み、「皇帝ユリアヌス万歳」と叫んで胴上げして練り歩き始めたのだ。
下は盾の上に乗せられて困っちゃったユリアヌス
キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民
キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。
0コメント