フランス革命の道6-我が亡き後に洪水来たれ

1774年5月10日、仏王ルイ15世が天然痘に罹り崩御した。最後の言葉は「我が亡き後に洪水よ来たれ」、まあ要するに後どうなろうとワシャ知らん、と言ったのだ。10人以上の愛人をつくり、気ままに生きた国王の最期らしい、彼の治世でフランスは5回も債務不履行をやらかしたのだ。

もうすぐ王となる王太子ルイは、「世界が私の上に落ちかかってきそうだ」と言い、ルイとマリーの夫妻が抱き合って泣きながら神に祈っていたのをお付きの者が目撃している。ルイは15世の孫であるが、王となるべき父が亡くなり、次に期待された長男が亡くなって19歳で王となった。

しかしまあ、王太子時代5年間に一度も国務会議に出席させてもらえない政治経験ゼロ。そこで70歳を越える老政治家モールパ伯を顧問に迎えた。彼はポンパドール夫人と対立して失脚させられた人物。そしてその組閣の目玉は、開明派チュルゴーの財務総監使命だった。

一方王妃マリーはポジティブになり、「神様が私を今日の地位に就くよう生まれさせてくれた」と母女帝に手紙を書く。ところが母は「娘の運命は欠けることのない偉大なものとなるか、たいそう不幸になるか、どちらかでしかありません」と予感するのである。

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キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民

キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。