1661年3月7日、フランス宰相マザランが逝去した。リシュリュー、マザランこの二人の巧みで国家主義的な計略により、フランスは欧州最強国の地位を勝ち取った。スペインは没落し、神聖ローマは混迷の上でまたもやオスマンの脅威に晒され、英国は国内で手一杯だった。
意外やルイ14世はマザランを父のように慕い、臨終にも立ち会えぬほどだった。しかし翌日の10日には宰相の遺志を引き継ぐ形で「親政宣言」を行った。もはや宰相を置かず自らが統治する。皮肉なことに、チャールズ1世が提唱した「絶対王政」はフランスで実現した。
仏王の最側近はル・テリエ、リオンヌそしてフーケだった。ところが9月5日、さっそく財務卿フーケが公金横領の罪で逮捕されてしまう。財務卿としての立場を利用して金を貸して利益を得ていたということだが、現在日本でも政治資金法うんぬんでスキャンダルがありが逮捕まではされていない。
ルイは財務卿のポストそのものを廃止するが、これで実質地位を得たのが後の名宰相コルベールである。実は彼はフーケ家の財務担当であり、フーケを王に告発したのもコルベール。9月5日の逮捕日は王の誕生日であり、王は自分以外に権力を許さないとのアピールでこの逮捕を演出したらしい。
下は絶頂期のフーケのパーティでの王(右)とフーケ(左)
キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民
キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。
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