ロマン派の時代35-ブラームス登場

1850年にシューマンは新天地デュッセルドルフに着いた。それまで居たドレスデンにはワグナーも居た。実はシューマンも自由主義的で革命を応援し、妻クララは自由主義者の集いや炭鉱労働者の前でも演奏した。革命が潰されるときには「すべての人間が同じ権利を持つようになる日がいつかやってくるだろうか」と書いている。

シューマンは、42年から精神疾患の兆候が出ており、この騒動でまた病気が再発した。ちょうど音楽監督の誘いがあり、デュッセルドルフに着任した。この町は、ライン河畔の新興都市で、ブルジョワが勃興して活気にあふれていた。

ここの光景に触発されたシューマンは、交響曲第三番を書き上げた。この曲は通称「ライン」として親しまれている。いかにもライン河畔の情景が浮かぶようなロマン派的交響曲であり、新しい聴衆に親しみやすく、ベートーヴェンの厳粛さとはかけ離れている。

しかし、シューマンは、音楽監督というより作曲家であり、途中で曲想を思いついたりすると、演奏者を忘れてしまい、評価も落ちてしまうのだ。そしてまた病気の兆候が出てくる。そんな一家のもとに53年9月30日、金髪イケメンの青年がアポなしで訪ねてきた、誰あろう若きヨネネス・ブラームスである。

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キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民

キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。