近代思想8-フォイエルバッハの人間学

1841年フォイエルバッハの「キリスト教の本質」が出版された。この書はキリスト教の批判だけでなく、人間の歴史=精神の発展の歴史だというヘーゲル哲学を根本から批判するものだった。フォイエルバッハは、キリスト教の神は、人間の本質を投影したものであり、それは「人間の自己疎外」だと批判した。

ヘーゲルは「法の哲学」で、自分の哲学とプロイセン国家を完成とみなしたが、実際それからも現実は不満だらけで、どんどん動いている。神によってもヘーゲル哲学によっても歴史は完成せず、実際に動くのは現実に生きている人間なのだ、と人間学を主張するのである。

ではどうすればいいのか?キリスト教に投影した人間の本質は「類的存在」である、そして人間の自己回復は、類的存在であることを「愛」によって見出すことだ、と主張する。この愛は、エロスではなく、ベートーヴェンの第九やフランス革命の理想のような人類愛のことだ。

フォイエルバッハは、それが自然に実現するとは思わない。人間が神を捨てて、他者と対話することによって、類的存在にめざめて、共同社会をつくることに自己回復を求めるのである。これはフランス革命の継承であり、また社会的対立を越えたユートピア主義の広まりに呼応するものだった。

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キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民

キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。