372年、同棲してる子との間に子供ができちゃった。今日でも学生なのにできちゃって悩むカップルも居るようだ。アウグスティヌス18歳、古代では珍しいことではない。そして、ローマ時代、子供は産み捨てても問題なかったのだ。現代では産み捨て事件が出ているが、その時代に戻っているともいえる。生命の価値はまずキリスト教が産みだしたものである。
彼は、弁論術ではトップで、故郷に戻って家庭教師の職を得た。その頃凝っていたのは善悪二元論のマニ教だった。また勉学の友を得るが、これが突然亡くなってしまった。愛する者の死は特に若いうちはショックである。生きるとは何なのか、ということを考え始めるには十分。しかし彼の思いは、その時は神にはいかず、友人達の慰めに癒された。
友の思いの残る故郷を離れ、彼はカルタゴで塾を開いた。そこでは詩のコンクールに優勝し、占星術、天文にも興味をもち処女作も出した。しかし友の死は心から去ることはなかった。栄光を得ても、死ねば何もなくなるではないか、人は皆この疑問を抱きながら、考えてもしょうがないと放りだす。彼も半分はそうしたのだ。
383年、29歳のとき、マニ教の有名な学者が町にやってきた。彼と問答してみたが、アウグスティヌスの疑問は、学者でも解けなかった。彼はマニ教に失望するようになり、もっと学べるローマへ行こうと決意した。しかしローマへ行けば堕落すると思った母モニカは反対、息子は「行かない」と油断させて、母を置き去りにしてローマ行きの船に乗った。
下はヴォルフガング・レッテ作現代絵画の「モニカとアウグスティヌス」
キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民
キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。
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