30年戦争24-オランダのマラッカ占領

1641年、スペイン没落の30年戦争末期に東アジア貿易の拠点であったマラッカがオランダによって陥落した。しかしその前からマラッカの地位は没落していた。東南アジア交易の中心だったイスラム商人は高い関税をかけるマラッカを回避し、ジャワ島のバンテン王国、スマトラ島のアチェ王国に移っていった。

マラッカを逃れた王族は新たにマレー半島南部にジョホール王国を築いた。東南アジア貿易をめぐって、ポルトガル、ジョホール、アチェで「三角戦争」と呼ばれる状況が発生し、アチェ王国は、何とスレイマン1世から艦隊の援助を受け、マラッカを攻撃したことがある。

新たに東南アジア貿易に参入したオランダは、1606年にジョホール王国と同盟を組み、アチェ王国とも友好関係を築いてポルトガルの地位を崩してゆく。1641年オランダは海から、ジョホールは陸からマラッカを包囲して遂にこの要塞を陥落させた。しかしザビエルが訪れた町は衰退して余命が尽きていた。

本国ではポルトガル独立戦争が起こり、オランダ、スペインとは複雑な関係となり、蘭英戦争も起こり、植民地は一方的にオランダ優位ともいかなくなる。1661年ハーグ条約でオランダとポルトガルは海外領土を尊重する条約を結ぶ。68年にはスペインから独立。マラッカは失ったがゴアやマカオは死守した。

下はオランダ統治時代をしのばせるオランダ広場

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キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民

キリスト教なしに西洋史は読めないというほど深く痕跡を残しています。そういうキリスト教を念頭に置きながら、西洋史を読んでいこうと思います。もちろん批判的観点もおおいにアリ。 ローマ時代コンスタンティヌスから始まる長い物語、お楽しみいただければ幸いです。